トップ > 健康・医療・福祉 > 障害者支援・地域福祉・生活支援 > 支え合い活動の今に迫るWEBコラムシリーズ > WEBコラム【第10話】本質を見抜き、伴走し続ける
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更新日:2024年03月25日 15時46分
生活困窮や引きこもりなど、困りごとを抱えた人に行政は"個別支援"を行います。これに対して「本人の意識や努力が足りない」「自己責任だ」と疑問視する意見も。個別支援の必要性や大切な視点はどこにあるのか。久留米市生活自立支援センターの主任相談支援員、森山智子さんに聞きました。
同センターが開設された平成27年から、森山さんは生活再建や自立に向けた多くの人の伴走をしてきました。「相談を受ける時は"白紙になって聴くこと"が大切」と森山さんは言います。「思い込みを排除しないと、支援員が思い描いたストーリーに当てはめてしまい、裏に潜む課題を見落としてしまいがちです」。
「今日明日のお金の問題もあるから、相談者の勢いはすごいです。でも私たちが目の前の問題にとらわれず、その奥に潜む本質的な課題にたどり着き、状況を一つ一つ紐解くことで、自立が見えてくる。個別支援の必要性がここにあります」。
相談申込・受付票の項目を確認しながら相談者の話を冷静に整理します
森山さんが関わった事例から、本質的な課題へのアプローチの重要性が見えてきます。
本田秀和さん(仮名)、59歳。30年以上勤めた製造工場が閉鎖し、50歳で離職しました。再就職しても仕事になじめず、職を転々とする日々。1年ほど続いた職場も人間関係の悪化もあり心の病気に。そのまま退職となり、同センターに相談に来ました。
本田さんは持病があり、年齢的にも再就職が厳しい状況でした。しかし、森山さんが向き合った中でたどり着いた真の課題は"字の読み書き"。2文字以上並んだ漢字やカタカナが理解できないという障害が潜んでいたのです。工場で長年働けたのは、親方の動きを目で覚える仕事だったから。その後の仕事がうまくできなかったのも、人間関係が築きにくかったのも、この障害のためでした。周りには悟られないようにしていて、家族ですらはっきり認識できていなかったそうです。
会話は問題ないため、本田さんが読み書きできないことは見えにくい。本田さんのケースでは、そこに対応すべき本質部分がありました
森山さんは、本田さんの希望である"生活の安定"のために課題を整理しました。障害者枠での就職のために障害者の手帳の取得を提案。面接を申し込む時は、森山さんが、離職の状況や障害の特性や程度、働く上での希望などを会社に伝え、再就職が円滑に進むようにしました。障害者としての就労で、以前より収入が減った分、障害年金の受給手続きを行うなど、収入の総額を意識して計画的に生活再建を進めました。
支援にはさまざまな制度の知識が必要。関係者だけでなく、市役所や公的機関の窓口とも調整しながら進めます
本田さんは、当時を振り返ります。「とにかく早く安定をと焦っていました。相談前に申し込んだ面接は、ほぼ門前払い。自分だけじゃうまくいかなかった。森山さんが整理してくれたおかげで、希望の仕事にも就くことができたし、これなら生活できると思えたんです」。
車のディーラーで働き始めて4年が経ちました。「当初、時給は750円。2人で一つの作業工程を担っていました。ある時、責任者から『工程を1人で担ってみないか』と言われました。書類の確認もしなくてはならないので、とても不安でした。でも、私のことは同僚も知っていて、分からない時に素直に聞けました。今の時給は1050円。工程を1人で完結できるようになり、書類の漢字もずいぶん読めるようになりました」。
定年を迎える2021年の初め。「会社から『人が足りない。定年を延長するからもう少し働いてくれないか』と言われました」と、笑顔で森山さんに報告しました。
相談者が「生きていたい」とずっと思えるために大切なのは、誰かが関わり続けることだと森山さんは考えています。「本田さんは今も、何かあれば障害者の就業支援機関のスタッフに相談してくれています。適切な時に適切な人への"バトンタッチ"を意識しています」。
しかし、事案の数は多く状況もさまざま。追い詰められた状況と向き合う機会が多いのが個別支援です。森山さんが続けられるモチベーションは何なのでしょう。
「歩み始めた人が折に触れて報告してくれることですね。かけがえのない喜びです」と森山さんは言います。自立した人からの報告は、その後の支援に必ず生きる。そして、支援員を温かな気持ちにし、次に向かわせてくれる。「なので、支える側と支えられる側という関係ではありません。私たちも支えられているんです」。
市役所3階、生活自立支援センター執務室前の廊下にて
(第10話終わり)
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WEBコラム「みんなで生きる、みんなが活きる」