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Vol.21 誰かが信じて始まる一歩・【シリーズ】”合う”という関わり(1)
更新日:2023年11月08日
13時05分
【あそこであげなこつ】育成型就労プロジェクト
テキスト版
【リード】
働きたくても働けていない人は全国で1500万人。8人に1人の割合です。働きづらさを抱える人に伴走し、仕事を通じて「地域での暮らしを変える」ことを、企業と共に目指す取り組みが進んでいます。単に労働分野の話ではなく、これからの地域の在り方の話と捉えると―
【本文】
「Work Magic(ワークマジック)ダイバーシティ育成型就労プロジェクト」は、特定非営利活動法人「わたしと僕の夢」が取り組む事業です。働きづらさを感じている人をサポートしつつ、企業にもアプローチ。その人に合わせた雇い方や仕事の切り出し方など「働く」在り方について対話・提案し、賛同企業を募ります。同法人代表の佐藤有理子さんは「誰も取り残されない地域にしたい。地域福祉に足りていないピースは企業。でも、とても重要な地域資源です」と話します。
【「圧倒的な不足」という障壁】
「一生懸命やっているのに、なかなか採用されない人は多い。子育て、病気、介護、外国人、年齢。あらゆることが障壁になりがちです。少しの工夫やサポートでクリアできるのに。その『あと一歩』を地域全体で手助けする時代だと思います」。
佐藤さんは多くの人と面談する中で「圧倒的な不足」という障壁を感じています。「最近のケースは、妻と幼い子どもがいる20代の男性で職歴がほぼ無く、運転免許は失効。そんな切羽詰まった現状をよそに、面談ではくわえタバコで立膝ついて『チーッス』みたいな。私の方が勉強の時間でした(笑)」。背景にあるのは経験の圧倒的不足。これまで関わる人が少なかったのでしょう。「協力企業の社長にそのやり取りの動画を見せたら『こりゃなかなかやな』と苦笑いしつつ『分かった。一から教え込もう』とうなずいてくれました」。
置かれた環境が原因で、十分に成長や発達の機会が得られない。佐藤さんはこう話します。「貧困世帯の子どもにも同じ構図が見られます。生活保護を受けている家の子は、就職したら保護費が減るから家を出ないといけない。でも月10万円ほどの収入で一人暮らしは厳しい。そこに悪い誘いが来たらつい乗ってしまう。そうなると、あっという間に負の循環です」。
【解決を急ぐだけが正解じゃない】
令和4年12月上旬、同法人の事務所で女性が研修を受けていました。上田さん(仮名)は大学卒業後の1年間、就職活動はことごとく失敗。担当の久保花奈子さんは「彼女の慎重で真面目な面は違った印象を持たれがち」と分析します。上田さん自身も「話すのがとても苦手です。考えながら話そうとすると言葉が出てこない。なのに疑問を感じたら、つい相手の話を遮って質問しちゃうんです」。
上田さんは運転免許を持っていません。久保さんは、自転車で行ける範囲を地図に書き、手あたり次第に事業所を探しました。「パソコン技術は高く、介護初任者研修の受講経験があったので、それを生かせればと」。同年11月に受けた面接で「社内外のコミュニケーションを学んでくれたら」と、責任者の前向きな返事を受け、冒頭の研修に至ったのです。「彼女はとても積極的。長い目で見てくれる企業と出会えれば大丈夫だと思いました。この度、事務補助の育成採用にこぎつけました。また一歩前進です」。
伴走役として久保さんは、短期に解決する道筋を追うことだけが正解ではないと考えています。「現状を悲観するのは簡単だけど、私は一緒に希望を持ちたいから」。
【時給750円のバイトが原点】
同プロジェクトは佐藤さんの起業時から20年越しの想い。「起業のきっかけは時給750円の事務のアルバイトでした。志望者は多く、事務経験がなかった私は半ば諦めていました。ところが、なぜか採用されたんです。入社後上司が、採用理由を『あなたに暗さを感じて、暮らしを心配した』と話してくれました。その頃は確かに苦しかった。会社が私にチャンスをくれたと思っています。この事業の原点です」。
…
佐藤さんはこの取り組みで人と企業の「底力」を引き出せると信じます。「誰かが信じないと力を出せない人は多いんです」。損得だけではなく、踏み出す勇気を後押しできる。地域で共に暮らす人と企業の新たな関係創りが進みます。
(担当・フトシ)
【市民が執筆・共同編集の新企画がスタート。“合う”の視点で人との関わりを考える】
久留米市は令和2年から「支え合いを文化として根付かせるために」と、いろんな人の対話の場を開催してきました。その中で気づいたことの一つに「知識より意識」「課題より可能性」「解決より関係性」があります。困り事を抱えた人に、より多くの人が関わるために大切な視点です。
福祉の専門家は「知識」を持って「課題」の「解決」を目指して関わります。では、専門家に任せておけば良いのか。地域で暮らしていくには、友人や知人、隣人など、より多くの人の“支え合い”という関わりが欠かせません。
三つのフレーズに込めた意味を3回のシリーズ記事で解説。市の委託事業で、多くの人が関わり合える手法“叶え合う支援”を模索するメンバーが執筆します。実際の出来事や専門家との対談などを通して、“AU(合う)”視点の大切さを訴えます。
【第一回:解決より関係性「彼の変化のきっかけは」】
K君(20)は母親と弟と3人暮らし。野球部主将だった中学時代、感染症の治療の過程で突然全身に激痛が走り、学校に行けなくなった。意志に反して体が動かなくなり、意思の疎通も困難に。夜間に一人外出しては動けなくなり、警察に保護されることもあった―
第1回は、ある家族との関わりから見えた「関係性」の大切さを描く。
…
母親は日々の生活に不安を感じ始めた。「その症状は薬の副作用の可能性もある」と医療的な助言を受け、減薬を試みるも改善しない。時には「救急車を呼んで」と苦しみを訴える息子を助けたい一心で全国の病院を渡り歩き、長い間苦悩の日々を過ごした。7年前、シングルマザーの会に何かを感じ、参加した。後の「じじっか」との出会いだった。
【じじっかメンバーとの出会い】
血縁を越えた居場所である「じじっか」とつながり、母親は悩みを打ち明けるようになった。現代医療で支援する人はたくさんいたが、その方針と母親の意見が対立することも。K君が一人で外出した先で動かなくなるとじじっかメンバーが迎えに行き、夜通し行動を見守る日々が続いた。
しかし、この頃から彼は少しずつ心を開き人を受け入れ始めた。それは、支援者や友人などの間に立場を越えた関係性が生まれ始めたのと同じ時期だった。
【本人の意思はどこにあるのか】
K君には「誰かのサポートはいらない。自分の意志で生きる」という思いが根底にある。だから気が向かない所では絶対に車から降りないし、大好きなTSUTAYAではすぐに降りる。
昨年の夏、「一人暮らしをしたい」と希望を漏らした。そこで福祉事業所Find&Actの楢原さんに協力を求め、家族と離れて暮らすことになった。同所やじじっかに宿泊場所を設け、あかり訪問看護ステーション久留米や自立訓練(生活訓練)フレアの職員など関わる全員でチームとなり、細かな情報もLINEで日常的に共有。寝ない・食べない原因を分析し、彼の気持ちを探し続けた。ある日、残した食事を下げようとすると「友達のために取ってるんだ」と言った。翌年に開かれる成人式の案内が届いて以降、友達に会うのを楽しみにしているという「本人の意思」がつかめた。何度となく一人で外出し、卒業した中学校に行っていたのはそのためだった。
あらゆるツテを伝い、K君の友達に声をかけ、同級生や野球部の顧問の先生との再会の場を開いてきた。予感はあたり、とても穏やかな表情で話す彼がそこにいた。
これをきっかけにK君の状態は徐々に好転した。念願の成人式に出席し同級生と再会。確実に生活の活力となっていった。
【意思や変化を感じ取れる関係性】
「人の行動には理由がある。変化もあるし、一定ではない。私たちが安心感になれたらと思った」と楢原さん。さまざまな人が、K君の意思を感じ、変化に向き合いながら、立場を超えてK君の暮らしと共に歩む。本来特別なことではない。課題解決を急ぎすぎると、本人の思いが置いてけぼりになることがある。関係性を深めながら、できることを探すことの大切さを知った。
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